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第2回「校正」を誰が決めたのか
こんにちは。
大好評を頂きましたコラムの第2回です。前回は、『校正』の意味と定義についてお話いたしました。
今回は、そんなややこしい『校正』を誰が決め、定義したのか︖です。そんなの誰でもいいよとお思いでしょうが、そこはグッと我慢して、最後までお付き合い願えれば幸甚でございます。
申し遅れました、私がコラム担当の井上朗です。
さて、JCGMという名前はご存知でしょうか︖前回のコラムで少し出てきました。JCGMは、正式名称『Joint Committee for Guides in Metrology(計量関連ガイドに関する合同委員会)』の略称です。この委員会では、国際的な計量関連に関する大きな2つの事柄を決めています。その2つとは、GUM が決める『測定における不確かさの表現のガイド』と VIM が決める『国際計量計測用語』です。GUM(WG1)と VIM(WG2)はワーキンググループという形態で、それぞれで文書を作成し発行しています。
GUMは、『Guide to the Expression of Uncertainty in Measurement』
VIMは、『International Vocabulary of Metrology』
が英語名です。GUM のほうは、何となく略されているなと思います。しかし、VIM は「VIM じゃなく、IVMだろっ︕」とツッコミをいれたいところですが、これは元が、『Vocabulaire international de métrologie』というフランス語から来ています。(実はここが結構ミソで、国際的な取り決めではこういうことが時々というか結構あります。)
さて、JCGM は、1997 年にフランスのセーヴルに設置され、現在は 8 つの国際組織から代表を出し、運営しています。その8つとは、
国際度量衡局(BIPM)
メートル法を維持する 3 つの組織のうちの一つ。
国際電気標準会議(IEC)
電気及び電子技術分野の国際規格の作成を行う国際標準化機関
国際臨床化学連合(IFCC)
臨床化学及び臨床検査分野の国際標準化を行う学術組織
国際標準化機構(ISO)
電気・通信及び電子技術分野を除く全産業分野(鉱工業、農業、医薬品等)に関する国際規格の作成
国際純正・応用化学連合(IUPAC)
化学および関連する科学技術分野の標準化を推進する国際機関
国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)
国際物理学コミュニティによって運営されている唯一の国際物理学組織。「物理学の世界的な発展を支援すること」、「物理学における国際協調を促進すること」、「人類に関わる問題解決に向けた物理学の応用を援助すること」を使命としている。
国際法定計量機関(OIML)
国際貿易を支え、計量器の技術基準及び適合性評価の測定法手順の国際的な調和を促進するための機関。「国際勧告」が最も重要な活動。
国際試験所認定協力機構(ILAC)
試験、検査をする試験所、検査機関を認定するための国際機関。それに付随して、試験所の満たすべき要件(ISO/IEC 17025) や試験所認定機関の満たすべき要件 (ISO/IEC 17011) の適用のための指針文書を作成している。認定された試験及び校正結果の受け入れることで、貿易を促進する国際協力が目的。
です。聞いたことの無い組織もあるかと思いますが、いずれの組織も大変権威ある組織です。 これらの国際機関から代表者を出し、2つのワーキンググループが運営されています。GUMとVIMですね。このうちのVIMが計量用語の定義付けをしています。文書としては、JCGM 200という文書を発行しています。このJCGM 200で定義された用語が、ISOとIECへ反映されます。
それがISO/IEC Guide 99というものです。ISO/IEC Guide 99 は 、『International vocabulary of metrology — Basic and general concepts and associated terms(VIM)』とされ、和訳すると『国際計量計測用語-基本及び一般概念並びに関連用語(VIM)』となります。ISO と IEC が併記なのは、電気、電子分野でも計量があるからだと思われます。このISO/IEC Guide 99 を基に日本で規格化したのが、TS Z 0032でした。この TS規格というのは、JIS規格化される前段階の物です。通常、TSからJISになっていきます。
さてVIMですが、実はJCGMが結成される前からありました。1984年にVIMの初版が4つの国際組織(BIPM、IEC、IFCC、ISO)によって合同発行されました。その後、1993 年に第二版が7つの国際組織(先の4つと IUPAC、IUPAP、OIML)によって発行、その4年後の1997年にJCGMが設置されます。主に ISO が主体となって設置されたようです。なお、GUMも1993年に初版発行されています。その後、2005年にILACがJCGMに加入し、2008年に VIM 第3版、JCGM 200︓2008、通称『VIM 3』が発行されます。これが ISO/IEC GUIDE 99︓2007に反映されていました。
『あれ︖VIM 3の方が後じゃないか︖おかしい…』と思いませんでしたか︖そうです。ISO/IECの方が先に発行されました。これは、VIMもGUMもISOが主導しているからだと思われます。元々、VIMもGUMもISOの作業部会の一つです。ISOが強い影響力を持っていると想像できます。
VIMでは2007年には内容が確定されていたものが、発行が2008年になったようですが、それまでISOは待てなかったようです。なお、2012年に改訂、2014年に注釈付きのVIM3が示され、2015年に発行されています。(JIS Z 8103:2019 の解説などの一部の文書では、2007年にJCGM 200 VIM3発行とされていますが、正式な発行は 2008 年です。非常にややこしい。)現在、VIM4の検討中で 2021年1月11日に委員会の草案が発表されています(JCGM-WG2-CD-01とJCGM-WG2-CD-02)。
いずれにしても、この ISO/IEC GUIDE 99:2007を基に、5年後、日本でTS Z 0032:2012 国際計量計測用語―基本及び一般概念並びに関連用語(VIM)が発行されました。この文書は、2012年6月20日にISO/IEC Guide99:2007のIDT文書として発行され、2015年8月20日に見直し継続され、2018年8月20日に廃止されました。
ここで少し説明が要ります。このIDT文書という聞きなれない用語ですが、これは文書の同等性を表します。同等性には3つあります。
IDT
identical(一致)
以下の場合、地域又は国家規格は国際規格と一致している。
a) 地域又は国家規格が、技術的内容、構成及び文言において一致している。
b) 又は、地域又は国家規格が、ISO/IEC GUIDE 21-1:2005の4.2節に規定した最小限の編集上の変更はあるが、技術的内容において一致している。「逆も同様の原理」があてはまる。
MOD
modified(修正)
許容される技術的差異がはっきりと明示され、かつ、説明されている場合、地域又は国家規格は国際規格から修正されている。この場合、地域又は国家規格は国際規格の構成を反映し、その構成の変更は両規格の内容が容易に比較できる限り許容される。修正規格は一致対応の場合に許容される変更も含む。「逆も同様の原理」があてはまらない。
NEQ
not equivalent(同等でない)
地域又は国家規格は技術的内容及び構成において国際規格と同等でない。そして、それらのどの変更も明確には識別されていない。地域又は国家規格と国際規格との間に明確な対応が見られない。
※この対応の範ちゅうは国際規格の採用に該当しない。
(JSA グループ HP より)
この3つの内IDT文書だったのが、TS Z 0032:2012でした。これは先ほどの記した通り、廃止されています。この文書の後継文書ともいえるのが、JIS Z 8103:2019 計測用語です。ですが、この文書は、IDTでもMODでもNEQでもありません。この文書の 2.2 にこう記載されています。
『c)この規格における用語の定義は,ISO/IEC Guide 99:2007 の定義と一致するものが多いが,主として理解の容易さの観点から修正を加えたものもある。注記についても同様である。また,ISO/IEC Guide99:2007に収録されている用語が全てこの規格に収録されているわけではない。』
『e)対応英語がある用語は,それを参考として記載した。ISO/IEC Guide 99:2007 に収録されている用語については,対応英語の下に,括弧書きで ISO/IEC Guide 99:2007 の用語番号も記載した。』
(JIS Z 8103︓2019 計測用語より)
すべてを比較していないのでわかりませんが、おそらく日本独自の用語や和訳、英訳できない用語があるので、それを入れるために同等性は入れなかったものと思われます。
長々と書いてきましたが、ここでやっと『校正』が出てきます。各規格に記載されている番号です。
CGM 200:2008 VIM3 → 2.39 calibration
ISO/IEC Guide 99:2007 VIM3 → 2.39 calibration
JIS Z 8103:2019 計測用語 → 3.4 401 校正
このように、VIMやISOの番号を踏襲していません。ですが、前回のコラムでもお示しした通り、この内容に関しては一致(IDT)しています。(ただし、VIM3に2015年に追加されたANNOTATION (informative)はJISには追加されていません。簡単に訳すと、注釈(参考情報)となります。追加されなかった理由は不明です。)
ちなみにJIS Z 8103の2000年度版には、校正はこう記されています。
『計器又は測定系の示す値,若しくは実量器又は標準物質の表す値と,標準によって実現される値との間の関係を確定する一連の作業。
備考 校正には,計器を調整して誤差を修正することは含まない。』
これが、今の一般的な工業計測の『校正』の認識だと思います。弊社でも長らくこの認識でした。
このように、今の『校正』を定義したのは、JCGM 200︓2008 通称 VIM3 ということになり、さらに言うとISOが主導的に決めたと言えます。あー、長かった。
VIM3で何故、『不確かさ』を『校正』に含ませたのか、それは、『不確かさ』という概念が、計測において重要な位置を占め始めたという事と関連しているでしょう。そして、GUM とVIMがJCGMという一つの組織にあるという事も原因としてあると、私は思っています。いずれにしましても、『校正』という『魔物』が、より大きく理解しがたいものになったのは間違いありません。
さて、ここまでVIMとJISについて書きました。ご理解いただけましたでしょうか︖ややこしくて申し訳ございませんでした。
次回は、ISO 9001と『校正』について、長々と書きたいと思います。
ではまた、次回の講釈で。
間違いや誤解があれば、ご遠慮なくご指摘ください。
akira.inoue@cosmo-kco.jp